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たまこまーけっと感想 ~とても幸せな空間の話~

たまこまーけっとを全部見ました。とてもとても幸せな空間の話だなーって思いました。



物語としては『主人公とその周りの商店街の話』というだけで、特に一貫したストーリーは無し。一応、最終回にオチをつけなきゃいけないのでそのために『配偶者さがし』という目的はあるけれど、あまり関係なかった。

配偶者さがしに来た喋る鳥もいるんだけど、積極的に関わってくるわけではなく、『花嫁を! 花嫁を探さなければ!!』と動くわけじゃないのですよね。なのでこの話は「商店街で起こったことをほのぼのと紹介する」というのがメインの話です。



この作品のすごいところは嫌な人が居ないってこと外界とのかかわりが無いということ。これこそがこの作品を幸せな楽園を描いてる所以だと思うのです。



まずは嫌な人が居ないということ。たとえば「主人公に事あるごとに突っかかってくるスネ夫的なやつ」とか「他人の不幸を楽しむようなやつ」とか、そういう人が居ないんです。唯一「ちょっと嫌な奴」ポジションにいるのが主人公の父親。

主人公の家が餅屋で、すぐ近所にも餅屋があって敵対してるという状態で、近所の餅屋はモダンというか現代風な感じで頑張ってるんですよ。今風のカタカナ語の看板にしてみたり、おしゃれな餅を作ってみたり。

ところが主人公の家は昔ながらの古風なスタンスを貫き続けて、主人公が「ちょっとおしゃれにしよう!」とか「イベントやろうよ!」って言っても反対するんですよね。それでも周りの人の説得で主人公の提案が受け入れられるわけですが。

リアルである必要はないんですが、だいたいの作品において話を進めるためやアクセントを入れるために嫌なキャラを入れるんですが、この作品でそれに相当するのが父親ぐらいというのがすごいな、と。




もう一つの理由としての『外界とのかかわりが無い』という部分。これは話の舞台が学校と商店街だけなんですよね。転校しちゃう人とかもいますけど、ほとんど外界とのかかわりが無い。唯一のかかわりは喋る鳥だけど、それも積極的に外界のルールを押し付けるわけじゃない。

この作品の幸福さはこれの影響が大きいと思います。

この話の舞台がどれぐらい都会なのかわかりませんが、地方の都市の商店街だとどうしても外界と比較してしまうんですよ。テレビや雑誌などで。特にテレビの影響が大きい。

今、都会ではこういうモノが流行っている! とか。

都会ではこういうグルメがある! とか。

都会の人たちはこんなおしゃれな生活を!(ドラマ内で) とか。

そういうのを見て「いいなー。都会に行ったらキラキラオシャレでいろんなものがあって楽しく刺激的な生活が送れるんだろうなー」って比較しちゃうわけですよ。


そして、外界から戦いを仕掛ける人もいない。具体的にはイオン。


地方の商店街って、駅前中心に中途半端に栄えてても郊外にイオンが登場したらみんなそっちの方に行っちゃって活気がなくなる……ということがかなり多いんですよね。「イオンに比べたら商店街なんてオバサン向けの品ぞろえだし愛想も悪いし…」ってことが無い。

前述の伝統を重んじる主人公の店だって、外部の影響がないから生きられるんですよね。餅を買うとしたら2件ある餅屋しかないなら問題ない。イオンのような均一な品質で売っている場所が無いならば(多少の不満があったとしても)許容され続けるわけです。

そういう(昭和の商店街でありがちな)状況を続けられる空間というのはとても幸せだと思います。


そんなわけで、昭和の商店街のようなほのぼのとした空間を永遠と続けられる舞台の話。最終話に「商店街から出ていくよりも商店街の中のほうがいい」ととどまったのも平和かつ幸せな空間ゆえに。



暖かく、ほのぼのとした状態が永遠に続く世界。そんな素晴らしい空間を描いた作品でした。


あ、個人的にはイオンが郊外にできたけどみんなの協力でイオンを使う人が居なく、イオンが全然儲からなくて撤退したというストーリーを望んでましたけど。


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